拡大《ブレハの少女》

黒田清輝

《ブレハの少女》

1891年  油彩・カンヴァス

フランス留学中だった黒田清輝は、1891(明治24)年9月、友人の画家久米桂一郎、河北道介に誘われて、パリからブルターニュの海岸に浮かぶブレハ島へ写生旅行に出かけました。この島には同様の目的を持った美術家たちもいて、風光明媚な景色とともに彼らとの交流を楽しみ、「まずは西洋の極楽にござそうろう」と東京の父に書き送っています。その充実した3週間の滞在中に、少女をモデルに雇って描いたのがこの作品です。少女の鋭く強い眼差し、バラバラと乱れた髪、手に持つ黄色い布の目にしみるような鮮やかさ、左右で大きさの異なる靴、椅子に置かれた割れた碗、画面全体を覆う激しく素早い筆さばき。落ち着いた雰囲気の他の黒田作品とは異なる要素がちりばめられています。黒田の内部にうごめく情念のようなものが噴き出した表現ということができるでしょう。
この作品はパリで生活費に困った黒田が、画商の林忠正に譲渡します。林は黒田の前途を有望なものと確信していました。帰国した林の死後、この作品は大阪の古美術商山中商会の所有となり、その売り立てで黒田の妻照子が入手しました。照子は亡き夫の恒久的な顕彰に心を砕き、第二次大戦後になってブリヂストン美術館が開館したのち、石橋正二郎に売却します。都心の美術館で黒田作品がいつでも見られるようになることは照子の願いでした。様々な人間の思いが塗り込められた作品ということができるでしょう。

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