拡大《観音普陀落浄土》

白髪一雄

《観音普陀落浄土》

1972年  油彩・カンヴァス

城下町の歴史を持ち商工業が栄える尼崎の呉服商の家に生まれた白髪一雄は、京都で日本画を学びました。油彩画に転向した後、次第に前衛的な表現に惹かれるようになり、1955(昭和30)年、吉原治良が率いる具体美術協会に加わります。吉原の指導のもと、だれも試みなかった方法を追求し、カンヴァスを床に広げて天上からロープを吊るし、それにつかまりながら足で抽象絵画を描くことを始めました。足の裏が画面に残す痕跡は、画家の肉体と精神の存在を強く私たちに訴えます。大きなヘラ状の器具を手で動かして描いた作品も、同様に画家の物理的行為を雄弁に物語ります。
一方でイノシシ狩りを好んだ白髪は、丹波や篠山で目にした石塔・石碑のサンスクリット文字から密教に興味を持ちます。次第に関心が高じ、1971年5月に比叡山延暦寺で得度、厳しい修行を積んで天台僧の資格を得ました。その後は、アトリエに不動明王を祀り、般若心経や真言を唱えてから絵画制作に取り掛かったといいます。主題も仏教に求め、1970年代初めから10年間、密教シリーズといわれる作品群を残しました。白髪自身は「抽象の仏画」と呼んでいます。周囲は仏道修行の結果、白髪の作品が「すっきり、清々しくなった」と受け留めました。この作品は得度した翌年5月に描かれたもの。赤を基調に鮮やかで力強い原色が画面に踊っていますが、不思議と騒がしさが感じられず、宗教的な透明感が漂います。

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